2010年06月07日

鳩山首相「正確に言うとまだ総理で…」(産経新聞)

 鳩山由紀夫首相は5日午後、都内の東京工業大学で講演し、「内閣総理大臣と紹介され、何か恥ずかしい気持ちで聞いていた。正確に言うとまだ総理で、国家の一大事があったときは、まだ私が仕事をしなきゃならん」などと述べた。

 講演の概要は以下の通り。

【まだ首相】

 「お集まりの学生のみなさん、お集まりのみなさん、こんにちは。ご紹介をいただきました。内閣総理大臣の鳩山由紀夫と(会場笑い)。何か、恥ずかしい思いで聞いておりました。でも、正確に申し上げると、まだ総理でありまして、きのう、ご案内の通り、菅直人君が次期の首相指名がされて、次期の総理大臣になるわけでございますが、天皇陛下の親任式(任命式)というものがあって、親任をされてはじめて正式な総理大臣になるんでありまして、その間ですね、もし何か国家の一大事があったときには、まだ私が仕事をしなきゃならんという、そういう状況でございます。したがって、何か総理大臣という肩書でお話を司会の方からいただいたのは、あながちうそではないんでありまして、『うそだろー』と思っておられるかもしれませんが(会場笑い)、まだ違うんであります」

 「それはそれとして、でも、みなさん方には正真正銘の総理としての話が聞きたかったと、そんなふうに思われるかもしれませんし、なぜ辞めるんだという話もあるいはあるかと思います。でも、いいじゃないですか。次の総理(菅直人新首相)は正真正銘、東工大出身ですから(会場笑い)。私は東工大に、でも、菅さんは4年。私は4年半もおりまして(会場笑い)、この大学には4年プラス1年、研究生としておりました。5年遊んでおりました」

<中略>

【なぜ政治家になったか】

 「みなさん方にはお手元に資料はお持ちなのですか?暗くて目が見えないんでありますが、まず、私自身のご紹介はしていただいたのでもう繰り返すことはありません。なぜ理系の道を歩んで、途中で挫折をして政治の世界に入ってしまったのかというところも若干申し上げます。私は小学校のころから弟の邦夫というのが、今でもいるんですけど(会場笑い)、弟として大きな存在感を持っておりまして、彼が幼稚園のころから、私が小学生のころから、『じいちゃん(鳩山一郎元首相)の跡はおれが継ぐ』と言っておりましたから、私は政治の世界、大っ嫌いで、それはいいなと。私はどの道を歩こうかなと思っておりました。小学校の恩師から50年以上前の話でありますが、これからは理工系の人たちがこの国をしょって立たなきゃならない。あなた方の努力でこの国の未来が変わるという話をもらいました。そういうものかと。まだ小学校、中学生のころでありましたから、十分な理解はできませんでしたが、これからは物作りでこの国を発展させなければならないんだなと漠然とした思いの中で、大きくなったら理工系に進もうと心に決めておりました」

 「そして大学も入りました。大学に入ったときに(東大の)理1でありましたから、入っておやじ(鳩山威一郎元大蔵事務次官。後に外相)が『なんでお前、法学部に行かなかったんだ』って、理系に入ってから言うものですから、『入った後で言ってもしようがないでしょ』と。そのおやじは後で大変苦しんでおりました。おやじは苦しんでいるというのは、数学というものが役に立つかどうかがまるで分からないおやじでありまして、大蔵省にいながら私に1度聞いたことがあります。『数学が世の中に役に立った試しがあるのか』と聞かれて、『新幹線乗ってるだろ』という話もしながら、すべてがやはり数学が土台、基礎にあってこの国、世界は成り立っていると話したことがありました。『相関係数ってなんだ』と聞かれたこともありまして、答弁で答えなきゃならないことがあるのかなと思ったわけでありますが、いずれにしても、大蔵省出身、きょうも私と一緒に来ている仲間もおるわけでありますが、必ずしも数学というものが果たしてどれぐらいこの国に役に立っているのか。理工系が実際にはこの国の基礎で、精緻(せいち)な世の中を作り上げているにもかかわらず、建物1つとっても現代の建築はなしえない状況であるにもかかわらず、政治とか行政の分野で認められなかったというのが現実の姿ではないかと思います」

 「それはおかしいぞと思いながら自分としては理系として身を立てていこうと思っておりました。ただ、留学をして戻るころから、アメリカを見て日本を振り返ったときに、この国に果たして本当の意味での政治があるんだろうかと。とても政治に対して距離を置いていた自分自身がこれでいいのかと自問自答するようになったんであります。ちょっとおかしいなと。あまりにも日本が見えない。留学時代、日本に対する報道がほとんどされていなかった。カリフォルニアに住んでいたからかもしれません。しかし、ほとんど日本が見えない。これでいいのかと思いながら、弟が『自分は政治の世界に入るぞ』と。『兄貴、先にがんばるぞ』といわれたときに、『そうか。先に行きなさい』と。『しかし、おれも40代になったら、ひょっとしたら、あんたの後になるかもしれないけれども、政治の世界に行くかもしれんぞ』という話を兄弟でしたことがございます。まだ兄弟、仲がよかったときの話です(会場笑い)。今も仲はいいんですけども、そのような会話をいたしておりました」

 「現実にアメリカから帰って日本人として日本の社会に住むようになって、やはり自分がおやじや兄弟、じいさん、政治の世界に身を置いていたという気安さもあったのかもしれません。これはどうも違うぞと。政治の世界に自分も足を突っ込まなきゃいかんぞと。そういう気持ちになったとたんに矢も立てもたまらなくなり、政治の世界に入る決意を固めました。37(歳)のときでございます。弟は10年ぐらい前に政界入りをしていたのでありますので、だいぶん遅れたわけでありますが、その決意を固めて北海道に移り住んだのでございます。そのときに私が政治に対して何を語るかと。今から思えば、かなり先見的なことを申し上げたつもりであったんですが、『夢を形に 今、政治を科学する』という言葉を使いました。地元・(北海道)室蘭の人、誰一人理解してくれませんでした。日本製鉄の鉄炉の火が消えようとしているときになんなんだと。今は経済が厳しい環境で、政治家を目指す人間が政治を科学するなんて言って通じると思うのかと批判されましたが、その標語は捨てないで戦ってまいりました。本当は今こそそういう言葉が必要なのではないか。むしろ党の中にも科学が必要だと。まあ、あんまり党の話はしないほうが…(会場笑い)」

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posted by モリタ ヨシノリ at 13:06
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